ひつじのTime killing notebook

昔々、気がつけば更に昔の海外暮らしや旅行などで、見たり聞いたり体験を!所変われば常識も違ったりしてね。  むっふ(=^m^=)♪

たまには南の国以外の国も(inUSA)

 さて,気ままな昔の異文化話も、南の国以外も書いてみたいと思います。

此処はずっと滞在ではなく、子供の長期休み年3回にはUSAで過ごしていました。
夫は単身赴任で! 休みのたびにロスまで行っていた。 30年くらい前南の国が終わった後がUSAでした。
その当時は、NYよりロスの方が治安が悪いと言う話で、オフィスはロスにありました が、住まいは聞こえがよいサンタモニカでした。

治安がよいというのですが、街は子供少々と高齢者がいっぱいの街。年金暮らしになると、気候もよい治安のよい西海岸と言うことのようです。
米語ではエレベーターですが、それが無い3階立て位のコンパクトなアパート。 ワンベッドルームの小さな部屋で、ランドリールームが地下の駐車場脇にあるアパート でした。
部屋にはTVがあるだけで、今思い返せば毎日TVを見る以外は何も無い暮らし。 今日は出かけようと思う日には、数ドルのお金をもらって出かけていった。

此処では流石に、子供は中学生になっていたが、仕事休みの日には遊園地に連れて行 ってくれた事があった。
子供と私は、一人っ子同士なので、お互いにそれぞれ好きな事をして過ごすのは上手だ。子供はTVを見るか、持って行った宿題をやるだけの暮らし。
なので、時々歩いていけるモールまで出かけていった。モールの中をウィンドウショッピングそして、ランチはハンバーガー。そして子供は荷物とならないお菓子を買って帰ってくる暮らしだったが、比較的日本人には感じ悪い店員が多い。 いやいや、あれが普通?としたら、何とも殺伐とした国だと思う。

週末に開かれるサンデーマーケットだけが、ちょっと刺激的で楽しかった。 自家製のパイを売る店とか、着るものやまぁ色々な物が売られているが、着るものは大体が大きすぎて必要なし
。 これだけは私は一人行動。でも一人で出て行くと、ちょっと周囲の人と話したりのコミュニケーションがあった
。 親切な人も出会ったし、安くて野菜とかよさそうなものを買って来たりした。
それ以外は、強大スーパーへ家族で買い物である。休みの日は大体買い物でお終い。 ワンベッドルームの部屋の冷蔵庫は、小さいので家族3人分の食品は沢山は入らない。

シングルベッド2台限なので、一番からだが小さい私はカウチで寝ていた。 子供は父親似でかなりの長身の子供だったし、寝相が悪いのでカウチでは落ちてしまう。
まぁずっと居るわけではないしぃ・・・で、子供の学校には事情を話して、長期休みは場合によっては、日時通りに戻れなくて休みになる事もある旨を伝えておいた。

他の中学生は、高校受験とクラブ活動で忙しいと言うのに、我が家のライフスタイルは、そうは行かずに、子供は帰国間もないので、日本の暮らしに慣れるだけ、塾は一応行くだけ状態。
私はまぁ子供が元気に登校して、友達が出来れば良しと思っていた。

流石にアメリカでは遊び友達は出来ず母子で彼方此方を時々うろつくか、映画を見に行くくらいで、 後は何回か近い所のデズニーランドや、ナッツベリーファーム(スヌーピーの遊園地)ユニバーサルスタジオなどに行った。
遊園地は日本よりもずっと楽しい所だった。長い行列も、アメリカ人は屈託無く周りの人とフレンドリーにお喋りして待つ。
それはよいのだけれど、私は米語は苦手なので、余り聞き取れなかったし、こちらの言う事が通じなかったりが結構あった。

単語自体がまったく違っていたりなのですね。うっかり英語で言うと“何?”と言われたり、発音も悪いのもあるし表現が違ったりで「別々に小分けにして包んでください」と言ってるのに「違うポケットだって?」とか言われて[いいえ、もう結構よ!」で相手の思うままの一括パック。

そんなことでUSAではその他も、あまり良い印象がない。映画が安く見られたので、映画だけはよく見に行った。それと母子で歩いているのに、姉妹にしか見られないようで、よくナンパされて、ブラックにはしつこくて悩まされた。
何系か判らないけれど、他の人は「親子だよ」と言うと笑いながら離れていくのに、ブラックは物凄くしつこく、付きまとってくる人が多く手、家を知られるのが嫌で、お店の人に言って、助けてもらいさっさと姿が見えなくなるまで、引き止めてもらったりした。

キャブのドライバーもブラックは失礼な奴が多かった。だから嫌いだ。全員じゃぁないけれどね。
食べ物の安さと映画が安いのは、海外暮らしの嬉しい所ですね。 サンタモニカはですから、勝手にイメージしていた、避暑地的な雰囲気とは』違ったような気がする。
気候は四季感はなく夜は高齢者は毛皮のコート、横を通るティーンエージャーはタンクトップでスケボーと言う気候でした。 雨に降られたことは無く、街を外れたら、西部劇に出てくるような何も無い砂漠のような景色だった。