ひつじのTime killing notebook

昔々、気がつけば更に昔の海外暮らしや旅行などで、見たり聞いたり体験を!所変われば常識も違ったりしてね。  むっふ(=^m^=)♪

英語も出来ないのにリラックス。

 

海外で暮らすと言うのは、思っているよりも大変な事のようなのだけれど、そう知ったのはもう住んでしまって暫く経ってからの事だった。
私の場合は案外気候が嫌なだけで、精神的には暮らしやすかったかも?

ろくに英語など話せなかったのですが・・・結構平気だったのです。
この平気と言う自信が何処から来ているのかよく解らないんだけれど、私の中では「まぁ何とかなるでしょう」と思っていたことだ。

でも何時もコンパクトな辞書と、小さなスケッチブックは持ち歩いていたんだけれど、
暮らし始めてから1年以上経ってから、私の暮らしているフラット(集合住宅)の家賃が下がって日本人が移り住んできた。
皆大手商社だったり銀行関係の家庭で、我が家の様に、何のサポートもない小さな規模の事務所とは違うからか、聞いたら転勤1年前にはお達しがあり、家族は1年間無料英会話レッスンの猛特訓があるらしい。

にもかかわらず、日本人はグループを作り、常に団体行動の様だった。
でも暫くすると、子供が遊ぶ相手が限られるので、私も話によっては仲間入りするようになったので、色々事情が分かって来た。
皆一大決心で出てきた人が多いし、英文科卒業の奥さんが圧倒的に多かったのは、会社も考えたのかもしれない。

キッチンドリンカーになったり、うつ病になって途中で何かトラブルになっても困るからなのでしょうね。
かえって私の様に何も情報が無く、夫の都合の良い情報だけしか知らないで、来てしまえば良いのだから・・・可哀想だったのは子供だけですね。

帰国子女は帰国してから苛めの対象にもなる例が多く、皆の苦労の種のようだった。
そんな事も知らない私はとりあえず、カラッとハワイの様に爽やかと思っていた気候が、1年中蒸し暑くてと言うのにバテ気味でした。

でも人の体は自然に慣れてくるようで、1年経ったら辛くは無くなりました。暑いのが嫌いなのは変わらずですが、嫌なところだからまずはストレス解消するには、楽しい事を見つけてなるべく楽しく暮らそうと考えたのだ。

悩んだって問題は解決しませんし、夫に言ったら10倍以上になって返ってくる人である。余計な事言うよりも、良い方法を考えた方が、楽なので子供をプールに連れて行きながら、私も西欧人と同じに、サンデッキにひっくり返って読書をしていた。

プールサイドで英会話の本や単語を勉強していた。一人で居ると、よく顔を合わせる人などが話しかけてくるようになり、それで私は英語を覚えた。

私はまずは先に「日本語が話せますか?」と聞いてしまう。大概話せないのが普通で、それから「私は英語が少しだけ話せます」と偉そうに言う。

するとほとんどが英語が話せるのが西欧人だから「大丈夫よ。教えてあげるわ」という事になるのが、普通の流れである。

それ以外にも、ちょくちょくお気に入りで出かけたローカルな街があり、そこにはアメリカ人がコットンショップを開いていて、パッチワーク教室も開いていた。
そこで私は、その教室に行くことにした。生徒の多くはアメリカ人だったけれど、良い意味でフレンドリー。

ヨーロッパの人の方が、雰囲気は違うし「あの米語がスライダーの様で嫌だ」と言われていた。でも、当時は私は気にしないで、時間はたっぷりあるので、毎週習いに行っていたので、帰ってきたら、習ったことを西欧人の友達に教えた。

まぁこれがちょっと、英語か米語かで混乱することがあったのだけれど・・・それもいい加減な性格と都合が悪くなると、英語が解らないという事で、必要な英語だけは覚えて、出かけて行った。メートル法だけは皆私に合わせて、センチで話してくれたけれました。ヤードやインチは本当にピンとこない。たまたま私は若い時の仕事は図学が必要な仕事だったので、パッチワークの図面を描くのは、まったく問題なく、どのように線や曲線の分割も出来たので、簡単な方法を先生に代わって、厚かましく教えてきた。
幾何に関しては、皆不得意なようだ。あまり主婦は必要ないからかもしれない。

運も良かったのか、調子が悪くなって病院へ通院も、一人で何とか出来たのですね。日本と違って、まず先生に予約を入れて、病院に行くと、スーツ姿ドクターが居てメディカルチェックされて、次の診察室へ回されるのだ。

外国人が多い国は、何処の国の人でも判るように合理的に出来ているので、あまり困らないで診察を受けて、前からちょくちょく繰り返す、椎間板ヘルニアと診断された。これは重い物持つとかそういう原因だけでなく、繰り返しなる人はストレスが原因の場合も多々あると言われた。何故か言われたことはおおよそ分かったのです。

それで、最近日本でもそのように言われるようになったけれど、イギリス領だった国は医学も発達していて、今から30年以上前?から、そのような診断がされていた。
そのほかにも感じたが、ヨーロッパの国などの植民地だった国の方が、日本より貧しかったかもしれないけれど、ずっと進んでいる面が多々ありました。

と英語が話せなくても、何とか伝えようと思うと、よほど込み入った話でない限りは、何とかなるんですね。その国の人達は、絶対に暮らしがかかっているから、英語が話せないと良い仕事にありつけないので、子供だって余程でなければ読み書きが出来なくても、バイリンガルなのでした。

今頃になって、やっと小学3年生くらいから英語教育が始まるらしいけれど、嘘みたいな話ですね。もう幼稚園くらいから始めても良いのではないかと思うんですけれどね!
ネイティブな先生が見つからないと言うが、フィリピンとかインドとか中国人の先生でも綺麗な英語話す人沢山いるんですけれどね。

もしかしたら、英語が平気だったのは、小さい時から外国人が近所で暮らしていたり、知り合いがいたのが、まずは何のプレッシャーも、感じなかった理由かもしれない。

今思い出したが、義叔父たちは英語が話せたのでした。

落ち着けば、相手の言って居る事は、そこそこ解るものである。わかない時は相手の言う事を復唱して、確認すると又違う。でも日本で普通暮らしていると、和製英語ばかりTVで連発も宜しくないのではないかしらね?と言う事で、バイリンガルである事は悪い事ではないので、何歳であっても勉強してみるのも良いと思う。

外国語を知るには文化も知る事だから、世界が広くなると思う。目から鱗なんて、日常的な事だと気が付くと思う。

そこで暮らさなかったら、インドも雪が降るくらい寒い所があるなんて、知らなかったものね。暑い中一緒にニットで編み物していたインド人が不思議だったけれど、聞いて吃驚したものだ。世界の事の教育、あまり学校ではされていないですね。

良い意味で日本も「チェンジ」して欲しいなぁ~と思う。

資源も少ないし、日本には保存すれば美しい景色などの遺産が沢山あるから、観光国日本で外貨を稼いだって良いんじゃぁないかしらね。

地震は心配ですけれどね。巻き込まれずに、無事に帰国していただきたい。
そんな時も、皆が少しでも英語で、ヘルプ出来れば良いのですけれどね。