ひつじのTime killing notebook

昔々ばかりってつまらなくなったので、最近の海外ニュースも雑記に...むっふ(=^m^=)♪

私の幼稚園の同窓生と出会ったのには吃驚‼

海外での暮らしで大変なのは、子供である。 運よく日本人学校に転校出来たのだけれど、帰宅後に遊ぶ相手が居ないのだ。特に私が暮していたフラット(集合住宅)は高層の建物が5棟ある所だけれど、学年も違い男の子が2人位しかいない。

通学はスクールバスが送迎してくれるのだけれど、学校が終わったらさっさと送り返されてくる。そこで、担任の先生が一番近くに住んでいる子の家を、数件紹介してくれるが、親が車などで送り迎えしなくてはならない。
どんな相手かも解らないし、基本、遊ぶ間ママ友にならなくてはならないのだ。
で、一番近い相手は幸い親が送迎すれば、徒歩3~40分くらいの所にある、セミデタッチ(2軒長屋の植民地風の家)に住んでいる家で、姉妹の上の子が同じクラスの子だった。一応新参者の私が挨拶の電話を入れた。


もう1軒は車で10分位の所のフラットに住んでいる家で、そこも姉妹で姉の方が同じクラスの子だった。子供同士は、両家とも仲良く遊べる相手だったので、行ったり来たりで、時々遊ばせることになった。

しかし徒歩で行ける家の子達は、プールが無いので、チョクチョク遊びにやって来るようになった。日本なら子供が勝手に遊びに行き来できるが、海外ではそういう訳にはいかない。

その国は治安が良い国と言っても、人身売買で、子供が誘拐される話がまだある時代である。白人の金髪の子が一番高く売れて、日本人の女の子は2番目位の値段なのだそうだ。金髪が高額なのは何となく理解できるが、日本人が二番目の理由は、従順で優しい性格だからだと言う。

その様な事情で、子供を遊ばせるためには親付きなのである。
子供をプールで遊ばせながら、親はプールサイドでお喋りタイムだ。 たまたまそこの親は美大を出ていると言うだけあって、感覚が合って話が弾み、親も楽しくお喋りするようになった。
同世代でもあり、子供時代の話になると、何だか共通した思い出が余りにも多いと気が付くようになった。 お互いに出身地は東京とだけしか話してはいないけれど、東京だって場所によっていろいろ環境が違う。


その内どちらかともなく「何だか凄くよく似ている環境で育ったわよね。いったい東京の何処?」という事になったら、何と同時期同じ幼稚園に通園していたのだ。
ベビーブームでいっぱい居たので、同じクラスにはならなかったし、私は3年保育だったので、まったく顔を合わす事もなかった。
2人してこんな暑い国で出会うとはと大笑いになった。幼い時育った世田谷区は、近所付き合いは限られている場所なので、幼稚園の北側と南側と言う反対方向に住んでいたので、まったく出会う事無く終わっていたのである。

それにしても、南の国で出会うとは凄い偶然だった。その後は私の行く一人観光に彼女は一緒について来るようになった。1年半ほど彼女の方がその国に住むのが先輩だったのだけれど、怖くて決まった場所にしか出かけていないと言うので、私の方がまるで先輩のように彼方此方を「スケッチでもしよう」という事で出かけた。

ところが彼女と一緒に出掛けるようになったら、あまり彼方此方には行けなくなった。それは幾ら言っても、女っぽい彼女は胸の大きく開いた、フレァ―たっぷりのワンピースを着て、長い髪も纏めないで下したままくるので、非常に危険。更に怖がるけれど、彼女は男好きなのである。


同性が見ても、スカートめくりしたくなるような、華やかな色合いのスカートをヒラヒラさせてくるのだから、何か遭ってもこまるので、そこそこの所しか一緒の時は出掛けられなくなった。
そんな恰好を注意しても一向に止めないくせに、彼方此方怖い怖いと言いながら付いて来た。

彼女もサークルに参加して居たりするから、毎回一緒ではなかったから、一人の時は気ままに出かけ、2人の時は話は面白く盛り上がる相手なので、それなりに楽しんで過ごしたのだった。

でも寄りによって、何だってあのような海外で同じ幼稚園に同時期通園していた人に出会うとは、世の中面白いものである。彼女が一緒だったからこその、興味深い出来事にも出会ったのだった。