ひつじのTime killing notebook

o(`▽`o)β。.:*・゚♪*・世界には色々な事が有りまして全画面で見てくれたら嬉しいで~す🎵

観葉植物はジャングルにはいくらでも生えていた。

南の国でショックだったのは、日本では観葉植物として売られている植物が、その辺りに適当に生えている植物だったことだった。
日本人のママ友の家が、ジャングルの中の道を暫く歩くとあったので、私もたまには遊びに行った。

植民地風の建物で、セミデタッチと言う、2軒で1軒の建物になっている。
庭もついているし、大体はちょっと広い側溝があり、鉄の門扉が付いていて、玄関まで行く作りになっている。突然の大雨の時の水が流れ込むようにの側溝のようだし、防犯対策でまるかもしれない。

途中の道のジャングルにも、友人宅の庭もブーゲンビリアが1年中咲いていて、日本の植物園の温室の中みたいなのだ。
でも全部勝手に生えていたもので、ポトスなどは商店街の街路樹に絡みついていて、っぱがやたらに大きい。掌を広げた以上に大きな葉っぱなのだ。

茎も太くて、全然可愛くない。日本人が高いお金出して買う観葉植物は、弱弱しくて、今にも息絶え絶えの物に見えるが、そう言う弱弱しいものが、日本人は好みなのかもしれない。人間もやせ形でしんなりした、女性がモテますものね・笑

観葉植物も、結局は高温多湿の気候の中で、ジャングルの中みたいなところで、生存
競争激しく生きている方が、同じ植物でも生き生きして健康なのかもしれない。
最近は日本も温暖化して、昨夏の様に酷暑でなく湿度満点だと、観葉植物は元気だった。しかし、暑い国の植物でも乾燥が好きな植物は今一でしたね。

大きな有名な蘭園もある植物園に行ったが、もう当たり前だけれど蘭だらけ!
私も花や植物が好きだけれど、今一つ蘭の花はそんなに好きではないので、ざっく
り見て帰って来たが・・・

イギリス人の友達の家は、やっぱりセミデタッチの家だったが、バルコニーのパーゴラの隅に野鳥が良い塩梅に巣を作り暮らしていて、バルコニーでお茶飲みながら鳥の生態
観察が出来た。
ブーゲンビリアが、藤棚みたいに絡みついて木陰を作っていたし、食虫植物を上から垂らしていたのも笑えた。それは意図的に垂らしたそうですが。。。

ブーゲンビリアは、花びらみたいに見えるピンクや赤い所は葉パで、中にある小さな白いものが花だそうだ。 アジサイと同じですね。しかし、緑がいっぱいなんだけれど、私は森は好きだけれど、ジャングルは今一つ好きではない。

やたらにカタツムリ系の何とかマイマイが沢山居るし、虫類は蟻以外は皆大柄で・・・
高層に暮らしていても、蟻とヤモリは同居ですしね。
そこで暮らしている時は、室内にプランターは置く気はおきなかった。熱帯植物も、しゃれているのは、多湿好みではないようなのが好きで、探してみたが見かけなかった。それ以来帰国しても観葉植物は買わなくなりました。

自由の女神はどうなるの?

さて、アメリカが新政権に代わったので、ちょっと滞在した事のあるアメリカについての雑記を書いてみます。

アメリカに滞在したのは、南の国から帰国した後のトータル1年くらいですが、暮らしていたのは治安のよい老人ばかりの多いサンタモニカでした。気候が良いので年金暮らしの老人がいっぱいの街で、のんびりしていたし、私はあんまり海外と言う気がしないで暮らしていた。

家から歩いて15分くらいのところにあるモールで、大概の用事が済みましたし、映画とか見たい時は、ウェストウッドと言う学園都市まで出かけていきました。
シティバスの窓が、真っ黒なシェードが張られているのが不気味だった。

外国で良いのは、映画代が凄く安い。映画館内で食べるコーンフレークスが凄く美味しいのですね。食料品も安い。
しかし、日本では見かけない情景を見て、初めてここはアメリカだって思った。
約30年近く前の話ですが、どう見てもその当時の感覚では80歳をとっくに過ぎているご婦人が真っ赤なピンヒールのハイヒールを履いてレオパードのコートを着て、車の運転をしているのを見てビックリ。日本では考えられないような、重度の障害を持った子供が、普通に健常の子達と遊んでいる
。(一時話題になった、下半身のないケニー君?ってい居たと思う男の子が、スケボーに乗って遊んでいた。その子がケニー君だったのかしら?)

そして、もう一つは子供を連れてモールにぶらぶら出かけたときに、まるで映画の中みたいに、ピストルを抜いて、ホールドアップした犯人に手錠をかけているのを見た時がのだけは「おぉ~ここはアメリカだぁ~」と思ったことだった。

巻き舌で早口でしゃべり、初対面でもハグしてなれなれしい(フレンドリーとも言うけれど)アメリカ人はちょっと苦手。知り合いの人は、穏やかに話す人でしたが・・・
しかし、その知り合いの人は日本人女性と同棲していて、結婚しようとしていましたが、親族がカラードと結婚は大反対で、彼女は結婚せずに帰国したと思う。

たいした期間の滞在ではなかったけれど、カラードに対しても隔てなく接する人は、三分の一くらいかなぁ~と言う印象だった。
けして暮らしたい国とは思わなかった。

 そして、話は飛ぶようだが、今回の大統領の白人主義は、本心はやっぱりかなり多いのではないかと思った。日本人も差別心は大いにある国民ですが......
でも、アメリカ大陸ってもともとはネィテブアメリカンの土地を略奪したんじゃぁないの?と思うし(西部劇ではそうなっている)もともとはUKの植民地で、独立一〇〇年を記念してフランスから寄贈された、世界を照らす自由 (Liberty Enlightening the World)自由の女神 は世界遺産になっている国のはず。

その精神は「自由・平等・博愛」だったのではと思ったんだけれどね。
世界各地からやってくる移民を受け入れる国でもあったと思う。

自由の女神が象徴する足元の引きちぎられた鎖の足かせや弾圧、抑圧からの解放、人類は皆自由で平等であることを象徴、冠の意味する7つの大陸と7つの海に自由が広がるって言うのは、どうなるんでしょうね。

実際には世界を動かしているとも言われるフリーメーソンが、何か対策を考えてくれているのでしょうかしらとも思う。少なくともトランプはフリーメイソンではないでしょう。「自由・平等・博愛」を理念とするフリーメィソンなら、トランプがあのような言動はおかしいですものね。

良い意味で経済界に活を入れて、武器を持つ手に松明(仕事)が持てるように改革してくれたらよいのですが・・・
自分の所だけ良くはならないはずですものね。気が付かないだけで、アメリカも色々な国から恩恵を受けているはずですものね。経済でもなんでも先進国であるはずのアメリカがどうしても銃を手放せないと言う国なのが問題ですなぁ~。
どこか心身がアンバランスな国と言う気がする。力もお金もある国なんだから、そしてよいリーダーが現れたら、世界を動かす事だってできるんだから、まず自国が基本に戻りLiberty Enlightening the Worldを忘れないでいただきたいですね。きっと多くの国が良くなると思うんだけれど、どうなんでしょう。

 

一度だけ行った夏休みの旅行

 

約4年間暮らしていた南の国で、子供の学校の長期休みには、一度だけ隣の国の島に旅行に行った。 情報は何もなくて、同行した夫の仕事関係の知り合いの夫婦と赤ちゃんが一緒だったのが救いだった旅行である。

宿泊は3泊4日の旅行である。情報はとにかく海が綺麗とテニスが出来るというものだけだった。 それでも、我が家は子供が夏休みなどであっても、出張が多い夫はどこかに家族サービスで出かけるなんて、2~3回あったかなぁ~の家なので、子供は訳も分からず大喜び。

私は嫌な予感しつつも、まぁ旅行だしぃ~と準備した。3泊4日と言っても大きめボストン1個で十分の旅。人の少ない小島だというし、何処行っても夏だし、宿泊はバンガローと言う名のベッド3個にトイレとシャワーだけの木の家で、ソファやテーブルは家の外のデッキにあるベンチとテーブルのみだった。食事だけは、ホテルの簡素なロビーわきの食堂に行くのだ。

夏休みだというのにホテルはガラガラだった。そこに行く飛行機も10数人乗りの双発機で、プロペラの音がやたらに賑やかで揺れる飛行機で、初めて酔ってしまった。

でもフライト時間は短く着いた飛行場は、ただの原っぱに、木の小さな小屋が飛行場の事務所だった。
ホテルから迎えの車が来ていると言うので乗ったけれど、TVなどで見る未開の地の乗り合いバスみたいに、小型トラックの荷台がベンチになっているだけで、凄いスピードでジャングルの中を走って10分くらいでホテルへついたが、粗っぽい運転に木のベンチでお尻が痛くなった。どうも、南の国の人の運転は荒っぽくて、スピード出し過ぎが多いようだ。
お客は一緒にトラックに乗った私達以外には白人の家族一組だけだった。

夫の情報で当たりだったのは、言われた通りそのまんまで、綺麗な熱帯魚が泳ぐ海と、ひび割れたコンクリートのテニスコート2面だけ、後は全く何もない。TVも無い、ラジオもない。夜の食事は、隣の席はなんだか肉を焼く時に炎が舞い上がるパフォーマンス付きディナーだったが、私たちは夫の意見通りに、行った先のローカルな食事をするのが一番の観光と言うので、3夜ともカレーだった。

連れの夫婦の奥さんは、物凄くご機嫌斜めなのが見て取れたが、私や子供は余計な事を言うと何十倍にもなって返ってくるので「休みに旅行に来ただけ、まだまし」と無言。
考えようによっては、めったに出来ない、原始的暮らしの体験旅行だった。

さすがに気が引けたのか、2日目には漁師がアルバイトでやっている船をチャーターして、無人島へ行って魚釣りして浜で焼いて食べると言うものだった。
しかし、一匹もかからず漁師さんが釣った魚を焼いて、食べて帰って来たのだった。本当に無人島で、それもすごく小さな島とは言えないような島で、大声出せば島中に聞こえる程度。それも若い漁師さんが怒こっていたが、観光客がゴミを捨てていくので、回収して戻ってきた。 私はそこの海岸でクレジットカードを拾ったら、連れの旦那様の落とした物だった。

港がないから、ぎりぎりまで接近した船から、途中まで下がっている梯子を下りて、海に飛び降りるのだ。泳げない人は嫌でしょうね。
乗るときは子供は漁師さんが子供をおぶって乗船したが、私たちは梯子までロープ上りでたどり着きよじ登って乗船。

アルバイトの漁師さんは、大学生だそうで、大学のクラスメイトと言う白人女学生と、暇さえあれば、日本人から見たら、ずっとイチャイチャしていると言う無人島行でした。まぁ、珍しいなかなか体験できない夏休み旅行だったともいえる。
子供がまだ何かと文句を言わない年齢だったので、良かったのですが、同行した人の奥さんはずっとご機嫌斜めの旅行でした。

私や連れで行った家の奥さんは、何も知らなかったので、普通のパンツスタイルで行ったので、帰るまでずっと海に飛び込んでの上陸だったので、ぬれねずみ状態でしたが、まぁ真夏の国でしたので、寒くはなかったけれど、気持ち悪い思いもしました。
それも思い返せば、忘れられない思い出旅行でしたね。
まぁそんな思いもしたので、多少の事には更に何も驚かない様になりました。
そうそう、イスラム教徒の居る国のホテルや宿泊所には、部屋の隅の天井には矢印が書かれていて、それはメッカの方向を表す印だと聞きました。