ひつじのTime killing notebook

o(`▽`o)β。.:*・゚♪*・世界には色々な事が有りまして全画面で見てくれたら嬉しいで~す🎵

イベントがいっぱいある国だった♪

南の国は多国籍国家なので、各国各宗教のお祭りが沢山有る国でした。まず最初に行ったお祭りは
ヒンズー教のタイプーサムと言う降誕祭です。

タイプーサム1~2月頃 朝5時スタート

 

https://youtu.be/TmZHuyVpcVI

 

その次がチャイニーズニューイヤー旧暦2月頃

 

https://youtu.be/PdrlDHQNOFE

 

そして、関係有りませんがアザーンの動画を見つけたので・・・聞いた事無い人が多いのではないでしょうか・・・お祈りが始まりますよと言うところでしょうか!かなりの大音量なのです。今多くの問題になっていますが、南の国に住んだものにとっては、これが聞こえるのは、生活の一部でした。

https://youtu.be/_SP3oV7MCaM

イスラム教の国でお正月に匹敵するのはラマダン明けの大祭(イード)」。イスラム暦の第9月が断食月=ラマダンで、マホメットが神からコーランを授かった月でひと月の間、日の出ている間は断食という節制した生活で、幼児や妊婦、兵士、体力が居る特別な職業の人以外の人たちは、日中はたばこやお茶も口に入れないし、昔はつばも飲まなかったそうだ。ラマダン明け前は学校もお休みになり、家のお掃除をして御馳走の用意。確か正月やクリスマスみたいなものは無かったと思うのです。日没に食べるクッキーは買いに行きましたが、とても美味しかった印象がある。


そして、1日5回アザーン(お祈り)が聞こえあり、遠くで聞く分には長閑なのですが、近くの人はかなりの音量で聞く事になります。
日本の外国人が多く泊まる都心のホテルには、あるのかもしれませんが、他国ではホテルの部屋の天井にはメッカの方向を示す矢印が描かれていますし、聖書も置かれています。

多くの国の人が暮らす国では、これ以外にもお祭りごとや色々と風習の違いが有り、私は興味深く見にいけるものは見に行きました。
お月見にあたるランタンフェスティバルにはムーンケーキ(月餅)が売られますが、日本の月餅とはちょっと違っていて、チャイナタウン等で売られているようないろいろな物が入っている大きなムーンケーキでした。


タイプーサムも残酷だと言われて、本国のインドでは禁止されたと当時聞きました。マレーシアあたりが賑やかに行われるようです。皮膚に針など刺すので、痛そうだけれど、不思議ちゃんが多いインドですから、私はそれほど残酷感は無く見てきました。自主的にやっているのでしょうからね。

凄く変わったお祭りを色々見られましたが、考えたら日本も国内では、東京に居ては知れない変わったお祭りが沢山ありますよね。だから海外に行ったら、益々変わった風習や、お祭りがあっても全然おかしくないでしょう。
チャイニーズニューイヤーはチャイナタウンにも出かけて来ましたが、街は物凄く活気があり、ライオンダンスやドラゴンダンス、京劇等が見られました。京劇と言うのも、何とも変わったリズムで・・・まぁインドも変わっていましたが・・・説明しがたいものですね。ジャーンジャーンジャーン、チャカチャカゝゝ、、、と忙しない。インド音楽も益々表現しにくいですね。

確かクリスマス?年末には、メィンストリートではパレードが行われて、世界彼方此方の国が参加してのパレードがありました。
日本は日本人学校の児童達が阿波踊りをやりました。
阿波踊りが代表するお祭りなのでしょうかしらね? 一番経費がかからなく(法被のみ)て、子供も出来るからでしょうか・・・。

まぁ暑くて、私は苦手な気候でしたから、なるべく面白楽しく過ごそうと、彼方此方見に行ったりしたのです。子供を学校に送り出したら遊びに出て行くと言う感じで過ごしていた。お陰で色々な人に教わり、お祭りやイベント情報を仕入れて遊んでいました。

今思えば、少々危険?な行為だったかもですが、最新の注意はして出かけた。
ヒンズー教は、寺院前を通りかかった時に、変わった何時もとは違う装飾がされていた時があり、中に居る人に聞いたら結婚式をやっているところで除いても良いというので、靴を脱ぐのが面倒なのと、脱いだ靴がなくなることもあるので、這ってチラッと見せてもらった。
ヒンズーのお寺は中が暗くてよく見えずに、ライムの香りをかいだだけで終わった。ローカルの街に行くと、靴片方だけ売っていたりするから、揃っていたら無くなる確率は高いのだ。脱いでおいた方が悪いのだ。
入り口にはバナナのつぼみを向き合わせにして、色々飾り付けているのが結婚式だそうでした。

中国系の人は、新郎新婦はベンツに乗って、ベンツのフロントにりかちゃん?バービー?のカップル人形(りかちゃんらしい)を立てて、街中を走るのです。結構見せびらかすのが好きな人たちですね。
と小さな事ですが、こんな事や葬儀の仕方も違っていたりで、世の中面白い事がいっぱいだと思ったものでした。

格差社会が国を発展させた国

ふと思った事の割にはえらそうなタイトルになってしまったのですが・・・

私が昔々暮らした国は、今日ちょっとどんな国だったか見てみたら滞在した1984年頃は独立して10年と聞いていたと思ったが、1965年に独立したようだ。彼方此方の植民地になったりで、この国だけでなく近隣国も実に苦労の多い歴史を歩んで来たと思われるのですが、暮らして見て感じたのは、中国系の人は日本人嫌いが多く、他国民系はそれほどではないような印象だった。

 

そして、私が滞在した頃は、物凄く格差がある社会で、独裁政治の国という印象でした。些細な事も国を悪く言う者は厳しく罰せられるので、噂話もヒソヒソ声でという感じです。

そして当時、怪しい日本人に案内してもらい、普通では見せてはならない、裏の町を車で案内してもらった。国民は自由で明るい印象と、その正反対の印象と両方を感じたものです。

両面性がはっきりありましたが、私はTOPであった首相は素晴らしい実力のある人だと思ったのです。 強引なくらいの手腕で有ったから、国は素晴らしく成長して、国民所得率の高い国に発展させたのですからね。

その人の一声で、あっという間に家が取り壊され、公園になってしまったりなど驚く事ではなかったようだ。それによって、観光客が沢山来るようにもなり、外資系会社が入ってきて、国は雇用を生み元気になっていったのでしょう。


しかしその裏には、未だにグレーゾーンが多分どうどうとまかり通っているのではないかと思われるのです。観光客や余所者が行くようなところは、今は実に美しく近代的で、華やかな顔を見せているけれど、今はTOPも代替わりしていますが、内情はあまりお変わりなくなのではないでしょうか?


この国だけでなく、国を大きく変えて、発展させるのは格差社会のある社会のような気がするのです。
日本のように、何もかも皆一緒が好きな国民の国は、穏やかで良いようだけれど、尻すぼみで退化して行くのは目に見えていると思うのです。

など等、過去に滞在した国と日本を比較すると、一見しただけでもその違いが判ると言うものですね。

妙に小奇麗な日本、穏やかそうで、全てがこじんまりと纏まっていて、激しい変化は流行する諸々だけで、本質は昔から変わらず、親子兄弟親族が和合して暮らすのが良しで纏まってしまう。
一寸人と違う事をすれば、のけ者にされ、大人しく暮らしている者、弱者を隠れていじめると言う集団行為の多い国が日本ではないでしょうか。

「私はこう思います!」なんて、皆と違った意見を言おうものなら、言った人の家族一族後ろ指指されるでしょうね。


それと比べたら、暮らしていた国や訪れた国は何処も、他民族が犇めき合って暮らしている国なので、髪の色から目の色、肌の色、言語が色々で当たり前の国ばかりだった。
久しぶりに一時帰国した時に、子供が発した第一声が「わぁ~皆同じ言葉で話しているねぇ~」だった。 子供などは即暮らした国の文化に馴染んでしまうのでしょうね。それはとても奇妙に感じる事だったのです。

でも今の日本は、老人の髪の色から、オタクファッション、世界で一番度派手な国ですね。白髪の高齢者が最も少ないようにも思います。でも高齢者は最も多いのかもしれません。


今でも日本にもグレーゾーンの場所などあるのかも知れませんが、海外のそれと比べたら、ささやかなもののような気がする。
美しくクリーンで新しく生まれた近代都市になった、南の国はその直ぐ真裏で、相変わらず薬や身を売る女性達が、公然と存在していて、罪人の裁き方も昔ながらの鞭打ちの刑などが健在だそうだ。


上位で暮らしている人は海外や国内の大学を卒業して、近代的な暮らしが当たり前で、そうではない多数派は、未だ暑い国なので、簡単な家で村を作って暮らしていたり、やたらに超高層な公営住宅に期限付きで暮らしている事でしょう。
そこに暮らす外国人達の話からも、色々な文化を知り、非常に興味深かったものです。日本人は直ぐにTOKYOを世界の大都市の中に収めたがるが、見かけはそうなのかもしれないけれど、私の暮らした南の国は、色々トータルすると、アジアでは日本よりも勝っているのではないかと思うことも多かった。

でも賢いと言うのか、TOPとは言われないメリットを十分生かして、土台はシッカリ築いているように思うのは、気のせいでしょうかしらね?
多国籍国家で、彼方此方の植民地になったり、くっついたり離れたりしながら、地下茎はシッカリ伸ばして何かあってもびくともしない国という気がする。


日本は上物は良いように見えても、一つが倒れたらドミノ倒しのように、一気に倒れてしまうような気がする。それは皆同じ方向を見て暮らしているからではないかと思うんだけれどね?細かい注意を手取り足取り、注意事項を放送したり、ポスターにして張り付けたりしてくれて、自分で考えなくても良いように洗脳されているような気がする時がある。


今後の世界情勢はどうなって行くのか、過去に暮らした国を見ることで、足元の国の見方も一寸変わったりしている。まずはアメリカがどのように変わるでしょうか?そしてヨーロッパは?アジア諸国は・・・?対近隣諸国にたいしても、日本はきっぱり激しく意思表示をしていないような?
これが敗戦国だということなのでしょうかしらね。戦後生まれの私でさえ、正確には良く判らない戦争問題ですから、次世代はもっとわからないでしょうね。取り残された国日本を感じてならないのです。大昔に訪れた、滞在した国は比べようもなくパワフルだったなぁ~と思うのだ。

 

 

海外のトイレ事情

何が違うかというと、彼方此方の国に行って、ありゃぁ~!って思ったのがトイレ事情でしたね。日本では団地というものが出現してからだと思うのですが、急に様式トイレが普及しだしましたが、古くからある一戸建て住宅は未だに昔ながらのトイレも残っています。もちろん水洗だと思うのですが、田舎の方ではまだ浄化槽でしょうかしらね?

 

さて、初めての海外暮らしをした30数年前に暮らした国では、多国籍文化でしたので色々なトイレに出会いました。 外国人住人の暮らす家や、観光客の行く所、植民地式住宅は洋式トイレになっていましたが、公共の場のトイレはトイレドァの下の方の開きが下まで無くて、結構大きく開いていました。
これは治安のためだということで、ホテルとかデパートは普通のドァだったように思います。

このドァの下が大きく開いているのは、その他の海外では度々出会いました。
アメリカなどは、まず公衆トイレがなかったですね。何処か飲食店などに入らないと、トイレは無かったと思います。

日本は気楽に、実にラフな気分で入れますが、海外では治安がよい国といわれていても、暮らしていた南の国などでも、住人であっても、トイレ内で身包みはがれてなんていうことは良く聞く話でした。

そして、その国に居る時に出会ったトイレで、以外だったのは、確かトルコ系の方の家は和式トイレで、とても綺麗なタイル張りでした。

中には和式トイレで向きがドァのほうが前にのトイレもありました。和式で後ろ向きトイレは一番無用心なスタイルですものね。
腸の長い日本民族には、和式トイレの方が便秘にならないそうだとも聞いたことがありますから、トイレ事情もなかなか面白いですね。

 

そして、街中から外れてカンポン(村)といわれる、ローカルな家に行くとトイレが無い家も多いようでした。
かっこよく言えばユニットバス式。 水浴びする大きな風呂桶の横に大きめ溝が有り、そこで用を足した後は桶の中の水をひしゃくやバケツなどで流すのですね。

私は見て説明してもらっただけで、未使用でしたが、トイレットペーパーは置かれていないのが普通のようで? 手動式ウォッシュレットなのでしょうかしらね?
だから手で食事する民族の人は、不浄な手と食事する手が違うのかもしれないと思いました。

さらに、観光で行ったある水上の村のトイレは、村中通路も何処も海の上なのですが、トイレは周囲を囲まれた広い個室ではあるんだけれど、床が長方形に切り取られているだけ! 水洗ではなくて海没型トイレというのでしょうか・・・


魚などが処理してくれるそうですが、そこはシーフードレストランで食事をしていたのです。 とても美味しく頂いていたのですが、微妙な気分になったものです。

ある中国系の人の家は、高床式の家で、家の下は家畜(豚)の小屋になっていて、トイレもやはり、長方形に切られた穴がトイレで、豚さんなどが処理してくれるのだと.....
非常にエコな暮らしとも言えますが、なんだかねぇ~でした。


でも昔は、世界中何処でもトイレなどは、結構外に別にあったりして、今のような水洗の清潔なトイレというのは、歴史的に見ると結構近年のことですね。

後は見た訳ではなく、聴いた話では、たるませたロープが張ってあるだけのトイレだったり、木の葉がトイレットペーパーの代わりに置かれていたり」、穴を掘って埋めてしまう式トイレだったりと色々あって、面白いですね。多分今時そんなと思うけれど、未だそのようなトイレ事情健在ではないのでしょうかね。