ひつじのTime killing notebook

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海外のトイレ事情

何が違うかというと、彼方此方の国に行って、ありゃぁ~!って思ったのがトイレ事情でしたね。日本では団地というものが出現してからだと思うのですが、急に様式トイレが普及しだしましたが、古くからある一戸建て住宅は未だに昔ながらのトイレも残っています。もちろん水洗だと思うのですが、田舎の方ではまだ浄化槽でしょうかしらね?

 

さて、初めての海外暮らしをした30数年前に暮らした国では、多国籍文化でしたので色々なトイレに出会いました。 外国人住人の暮らす家や、観光客の行く所、植民地式住宅は洋式トイレになっていましたが、公共の場のトイレはトイレドァの下の方の開きが下まで無くて、結構大きく開いていました。
これは治安のためだということで、ホテルとかデパートは普通のドァだったように思います。

このドァの下が大きく開いているのは、その他の海外では度々出会いました。
アメリカなどは、まず公衆トイレがなかったですね。何処か飲食店などに入らないと、トイレは無かったと思います。

日本は気楽に、実にラフな気分で入れますが、海外では治安がよい国といわれていても、暮らしていた南の国などでも、住人であっても、トイレ内で身包みはがれてなんていうことは良く聞く話でした。

そして、その国に居る時に出会ったトイレで、以外だったのは、確かトルコ系の方の家は和式トイレで、とても綺麗なタイル張りでした。

中には和式トイレで向きがドァのほうが前にのトイレもありました。和式で後ろ向きトイレは一番無用心なスタイルですものね。
腸の長い日本民族には、和式トイレの方が便秘にならないそうだとも聞いたことがありますから、トイレ事情もなかなか面白いですね。

 

そして、街中から外れてカンポン(村)といわれる、ローカルな家に行くとトイレが無い家も多いようでした。
かっこよく言えばユニットバス式。 水浴びする大きな風呂桶の横に大きめ溝が有り、そこで用を足した後は桶の中の水をひしゃくやバケツなどで流すのですね。

私は見て説明してもらっただけで、未使用でしたが、トイレットペーパーは置かれていないのが普通のようで? 手動式ウォッシュレットなのでしょうかしらね?
だから手で食事する民族の人は、不浄な手と食事する手が違うのかもしれないと思いました。

さらに、観光で行ったある水上の村のトイレは、村中通路も何処も海の上なのですが、トイレは周囲を囲まれた広い個室ではあるんだけれど、床が長方形に切り取られているだけ! 水洗ではなくて海没型トイレというのでしょうか・・・


魚などが処理してくれるそうですが、そこはシーフードレストランで食事をしていたのです。 とても美味しく頂いていたのですが、微妙な気分になったものです。

ある中国系の人の家は、高床式の家で、家の下は家畜(豚)の小屋になっていて、トイレもやはり、長方形に切られた穴がトイレで、豚さんなどが処理してくれるのだと.....
非常にエコな暮らしとも言えますが、なんだかねぇ~でした。


でも昔は、世界中何処でもトイレなどは、結構外に別にあったりして、今のような水洗の清潔なトイレというのは、歴史的に見ると結構近年のことですね。

後は見た訳ではなく、聴いた話では、たるませたロープが張ってあるだけのトイレだったり、木の葉がトイレットペーパーの代わりに置かれていたり」、穴を掘って埋めてしまう式トイレだったりと色々あって、面白いですね。多分今時そんなと思うけれど、未だそのようなトイレ事情健在ではないのでしょうかね。

革ジャンを後ろ前に来てバイクに乗る

ローカルの一般人は車よりもバイクに乗る人が圧倒的に多いよううで、2人乗りは違反ではないようだった。特に隣国との国境は朝晩物凄いラッシュで、賃金の良い此方の国に働きに来る人が多く、橋一本で行き来できるので、皆パスポートを持って出勤ラッシュとなる。見慣れてしまえば、まぁどうと言うこと無い風景だけれど、バイクに乗っている人に革ジャンを後ろ前に着ている人がとても多い。


何時か理由を聞いてみようと思いながら、ついに忘れてしまって、今に至るのだけれど、深い訳があるものか、単なるファッションなのか不思議な風景だった。
四季のある同じアジアの国の日本人気はかなりのもので、芸能人なども日本の歌手や歌のファンはかなり居た。


その当時一人気の日本の歌は谷村新二の昴が流行っていて、メンテの人は良く歌いながら廊下を歩いていた。洋楽では、スティビーワンダーの至上の愛で、子供のスクールバスのドライバーが何時も音楽かけて、鼻歌交じりで子供の送迎をやっていたらしい。したがって、子供もこの歌が歌える位に覚えてしまった。


日本だったら、保護者会が煩くクレームつけていたかもしれない。革ジャンとは関係ないけれど、朝のラッシュ時は街中には一人乗りの車は入れず、曜日によってナンバープレートが、奇数の車の入れる日と偶数日に別れていた。


横断歩道は車優先で、横断歩道は青になったかと思ったら、直ぐに赤に変わってしまうので、慣れるまでは青になったら、駆け出さないと、車はお構いなしに走り出すのである。歩行者はと言うと、忙しそうに歩く人など居ないのに、信号は渡りきれるのが不思議だった。車は日本のように横断途中の人が居ても関係なく発進するのだ。


そして、国際免許を持っていて、自分で車を運転する人は大変なのは、うわさでなくて真実の話だそうだが、ある日本人主婦が事故を起こして子供を轢き殺してしまったそうだ。相手は、今盛んにニュースになっているイスラム教徒の子供だったと言うことで、示談などは無く、終身刑になってしまったすだ。私などと同世代であれば、まだ刑務所に入っているのだろう。


当然離婚して、一家は帰国したのでしょうね。ですから、海外との外交や、商売のやり取りする人は、よほど巧くやらないと大変でしょうね。
根本からルールが違うと、話し合いが成り立たなくて平行線になってしまう。空気を読むだの、何となく阿吽の呼吸などは、よほど個人的に親しい間柄以外は、成り立たないでしょうね。同国人同士でも、言わなければ伝わらないことが多いのですから・・・


しかし、理屈ではなくうまが合うと、こんなに親切にしてくれて!と思うくらい親切にもしてもらえるから、なかなか難しいものですね。そう言いながら、私は同国人との付き合いのほうが気を使って大変だった。それは、何時もグループで固まってしまうのが嫌だったのですね。これは日本に居ても、グループで行動しないと、嫌がらせうけたり、まぁ虐めの対象になったりしやすいのが、困ったものなんですね。


海外が暮らしやすい人は、日本はある意味、神経を使って暮らさないとならない時がありますね。と話がコロコロ変わってしまいますが、革ジャンの着方から交通事情、お国柄?などなどでした。

 

マラッカ海峡の海賊

さて、前回の日本人学校に関しては、内容が一寸ばらばらで・・・PC不調により思い出したことをメモ的に書いてしまいました。

今日は前から日本人には嘘!!!と言われた海賊の話です。
最近国際ニュースを見られる人は、ご存知かと思うのですが海賊が今でもいるということの話です。今確認したら、いまだ健在のようで・・・

私が暮らしていた30数年前は、新聞には海賊が東海岸に上陸して強奪行為をしたとのニュースも目にしました。

海賊と言うと私はフック船長みたいに片足が鉄で出来ていて、鍵フックの手をした海賊などのイメージが強いので、実存している海賊のなりはどんなものなのだろうか?との疑問があった。聞くところに寄ると、青龍刀のようなものや、銃をもっているそうで、やはり海賊らしく南の国であっても、すばやく闇にまぎれて上陸して、金目のものを強奪して、殺された人や誘拐された子供もいるするらしかった。

マラッカ海峡周辺は小島も多くて、身を潜めるには都合よく出来ているようだし、当時からタンカーなどや船の行き来が非常に多いところなので、領地を持っている西欧諸国の頭痛の種だったようだ。
日本の船も当然通る航路なようですが・・・
しかし、現在は空からの偵察も強化されて、一時よりも少しは減ったらしいとの事です。 帰国した時友達に海賊の話をしたら、大笑いされて、冗談だと思ったらしい。
ミサイルが飛び原子力などが発達した今、海賊だというとピンと来ないでしょうが、闇にまぎれて素早く強奪する行為は、小回りが利くアナログな方が都合がよいのでしょうね。

とネットのニュースなど見ても、この時代に?ですけれど、地球上はまだアナログな世界も沢山あるようですね。デモその海賊もきっとスマホなど使って、情報収しているのかもしれませんが・・・

やっている事はとんでもない行為ですが、海賊という言葉にはなんだか夢があるような気がする。
流石に山賊と言うのは聞いたことないのですが・・・TVとスマホは、かなり昔ながらの暮らしをしている部族などにも普及しているようなのが21世紀らしいですね。

でも必ず悪事にも使われるんですねぇ・・・